
子どもたちに忘れられた人形たちが集まる場所、「人形星」の世界
天の川の向こう、子どもたちが覚えていない場所に、小さな星が一つありました。
かつて誰かの腕の中でぎゅっと抱きしめられていた人形たちが集まる場所。引っ越しの日に荷台に乗せられたまま、ついに取り出されなかった人形。屋根裏の箱の中で静かに眠ってしまった人形。子どもが学校に上がった日、引き出しの奥に押しやられた人形たち。
そうして忘れられたものたちが集まる場所。人形たちはその星を「人形星」と呼びました。
人形星には、古い魔法の本がありました。
表紙もタイトルもない、古びた本。人形たちはそれをレシピブックと呼んでいました。地球の子どもたちが幸せな瞬間を迎えるたびに、その温かなエネルギーが天の川を伝って流れてきて、本の白いページを満たしていきました。とくに誰かが心のこもった料理を口にして、心がほどけるその瞬間には、その感情がそのままレシピのかたちで刻まれるのです。
お客さんの大切な思い出、その日の匂い、初めての一口のときの表情まで。
それは幸せの記録でした。
その日、マフィンはレシピブックの中におかしなものを見つけました。
メイプルのページが、空っぽだったのです。
昨日も、おとといも、そしてたぶんずいぶん前から。何かが書かれているはずの場所に、何もありませんでした。
マフィンはゆっくりと手を伸ばし、白いページをそっと撫でました。紙は冷たかった。
マフィンは天の川の向こうの地球を見下ろしました。小さな食堂の窓から灯りがこぼれていました。
メロウキッチン。メイプルのご両親が築いてきた、いまではメイプルがひとりで守っている場所。
メイプルは今日も厨房に立っていました。レシピのとおり、正確に、間違えないように。それでも、できあがった器を置く手はほんの少しだけ遅かったのです。
お客さんが帰ったあとのひとりきりの厨房で、メイプルはしばらくのあいだ、何もせずに立ち尽くしていました。
同じように作ったのに。どうして味が、空っぽなんだろう。
ひとりごとが、ここまで聞こえてくるような気がしました。
マフィンはレシピブックを閉じました。
メイプルがどれほどがんばっているか、マフィンは知っていました。
ご両親を亡くしたあともお店の扉を閉めずに守りつづけていることも、お客さんの前では笑って、ひとりのときだけ疲れた顔をすることも。そのすべてを、人形星から静かに見守ってきたのです。
けれど、白紙のままのメイプルのページの前で、マフィンは初めて思いました。
見ているだけじゃ、いられない。
人形星には決まりがありました。
地球に戻ってはいけない、と。一度別れたものは、その別れを守らなければならない、と。
マフィンも、その決まりを知っていました。
それでも、手はもうレシピブックを胸にしっかり抱きしめていたのです。


